お稲荷様ってどんな神様?
「お稲荷様」 皆様も一度は、お聞きになったことがある有名な神様かと思います。「お稲荷様ってどんな神様?」という話になりますと、よく浮かぶイメージは、「怖い」「祟られる」!? とってもネガティブな感じです。どれだけの方が「本当のお稲荷さま」について、ご存じなのでしょうか。
昨今、メディアやテレビドラマで取り上げられることも以前よりは多くなってまいりましたが、残念なことに「本当のお稲荷様」を知っている方はあまりいらっしゃらないのです。そこで、ぜひ皆様に「お稲荷様」について深く知って戴くためにと「お稲荷さんとどんな神様?」ということを書かせていただきました。
1.「お稲荷様はどんな恩恵、ご利益(りやく)ご利益があるの?」
「お稲荷さんって知っていますか?」 知らない、聞いたことない、と答えられる方は少ない位「お稲荷さん」という神様は私たちにとって、とても身近な神様ですね。「お稲荷さんのご利益は?」と言えば、「商売繁盛」という言葉が一番に浮かぶかも知れません。
現代社会においては、「商売」をして「生活」が成り立っておりますから、確かにそうですね!けれど、「商い」つまり「商売」が台頭に上がってくる時代はつい最近の近代です。そのもっと昔の日本日本人の生活の糧の主たるものは?
そうです。「お米」!! 日本人は農耕民族で、お米を作る稲作により生計成り立っていたんです。年貢を納めるのだって、お米でしたからお米は一番大事な高価な食物でした。稲魂(いなだま)の神様であらせられる「「お稲荷様」は、お米がとても尊ばれていた遠い遠い古代から豊作の神様である「五穀豊穣の神様」として多くの人々に大切に祀られていたのです。
お稲荷様は、まさに「衣食住」を司る有難い神様なのです!!つまり、生きること、命に関わる全てのことをお守り頂いているのです。そして、米を主食にする私たち日本国民の「氏神さま」と言っても過言ではありません。
稲荷神社の総本社とも言われます京都伏見稲荷大社。その境内、稲荷山などの鳥居にはご奉納された方の会社名、個人名が刻まれています。それらを拝見しますと、個人のみならず、一部上場の会社企業など中にはよく知っている方も沢山、鳥居のご奉納をされておられます。
「商売繁盛」「家内安全」「五穀豊穣」「学業成就」「縁結び」とあらゆる願い事を叶えて戴ける「万能」の神様である稲荷大神様から皆様、お稲荷様の恩恵ご利益を数多く戴き、そのお礼、恩返しに鳥居や灯篭、狐像、御簾(みす)など、ご奉納されていらっしゃる、という事なのですね。
この様な事からお稲荷様のお力は、広大無辺。御祈願される誠実な皆様の思いを成就に導き叶えるお力を持って居られると言う事が分かります。どれだけそのお力が素晴らしくそしてお強いか、お分かりになられるかと思います。
当然、「棚から牡丹餅」はダメですよ。努力は必ずする事です。稲荷大神様はしっかりと皆様一人一人を暖かく静かに見守られているのです。
2. お稲荷様の初めて物語
素晴らしいお力をお持ちの稲荷大神様。それでは、ここでは「お稲荷さんの初めて物語」と題して「お稲荷様はいつ、どこから来たのか?」ちょっと昔の逸話、お話しをさせて戴きましょう。その昔、奈良時代、裕福な豪族、秦公伊呂巨(はたのきみいろこ)は木に餅を置き、その餅、目掛けて矢を放ち見事命中。
その餅は白い鳥と変化(へんげ)し稲荷山の三ヶ峰に辺りに飛び去ったという言う「餅の的」の伝えが有ります。その方向に向かって秦公伊呂巨様が鳥を探しに行きますとその稲荷山の三ヶ峰辺りに黄金色に育った稲穂が豊かに実り広がっていたそうです。
秦公伊呂巨は「これは豊作の神の力に違いない。」とそこにお社を建て神様を祀ったのでした。この稲荷山は神の山としてその昔から崇(あが)められていた神奈備(かんなび)のお山なのです。諸説ありますが、稲成(いねな)りは「イネナリ」と読まれ、その後「イネナリ」が「イナリ」と変化し現在は「稲荷」として伝えられているそうです。
3. 伏見稲荷大社の御祭神である稲荷大神様は?
現在、稲荷神社の総本社である京都伏見稲荷大社では、稲魂の神であらせられる稲荷神をお祀りしております。歴史の流れで様々な神々をお祀りした経緯がございますが、一番近い世では最高主祭神は「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)様」であられます。
そして、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)様、佐田彦大神(さたひこおおかみ)様、三柱の稲魂の神、三座でお祀りされ、その後、四大神(しのおおかみ)様、田中大神(たなかのおおかみ)様が加わり五座となり、現在に至ります。
4. 朱の鳥居
殊にも、稲荷神社の総本社である京都伏見稲荷大社など参拝にいらっしゃられたことがある方はお分かりかと思いますが、かの有名な「千本鳥居」。 美しい朱の鳥居が、数多く所狭しと並んでいます。その数たるや、大変な数!! 鳥居の大きさも大きなものから小さいものまで色々あります。
この鳥居の色、「朱」色は「しゅ」とか「あけ」とか申します。この色は、お稲荷様の鳥居の色で特別な色で、他の神社の鳥居の色と少し違います。この色の意味は諸説ありますが、「魔除け」を意味するというのが主流の考え方のようです。
稲荷神社のみならず、神社にあるすべての鳥居は、神様が御鎮座されておられます聖域と我らの世界を区別するためのもの。 いわゆる、神域と俗世の結界の意味があります。鳥居から先は、「神様がお鎮まりになられている場所」鳥居は、その入り口、門です。
ですから、そこを入る時には、まずは一度、止まりましょう。そして、敬意をもって神様に一礼してください。その先にある「参道」といわれる道は神様のお通りになられる道です。中央は神様が通られますので、右か左の端を通るようにされてくださいね。
その先には、神様がご参拝される皆様を待っておられます。
5. 錚錚(そうそう)たる方々が参拝!!
お稲荷様の総本社と言いますとやはり京都は伏見稲荷大社が一番ではないかと思います。現在、年間の参拝者数はその年毎に順位は変わりますが現在は日本第三位です。「凄いですね!」の一言です。今現在、伏見稲荷大社の参拝者の多くは我が日本の人達だけでなく国外の方々がとても多く参拝をされて居られます。 外国の方から見ますと赤い鳥居門が不思議であり、とても素晴らしいエネルギー溢れる聖地であることを感じるそうです。
では、もっともっと昔の参拝者の方々はどんな方が来られたのでしょうか?日本の古書文献を見ますと色々と書いて有ります。稲荷山、伏見稲荷大社の歴史は古く1300年以上の歴史が有ります。又、それ以前、更に古墳時代より稲荷山は神奈備(かんなび)神宿る山、神が鎮座する山として尊ばれ祀られていたことは、沢山の古墳などから発掘された土器が物語っております。
古代から国を統制して居られました朝廷から歴代の天皇、歴史に残る色々な方々がこの「かんなび」である稲荷山、伏見稲荷大社に参詣をされています。平安時代、「枕草子」で有名な清少納言も参詣をした方としてとても有名な話がありますね。かの弘法大師・空海も稲荷山で修行をされ不思議な体験を数々されておられました。
近代では経済界の重鎮で有りました松下幸之助氏も参詣しておられるそうです。 ここで改めて参詣者の方々の名を連ねていきますと大変な数となります。「一生に一度は富士山に登りなさい。」 もう一つは??「一生に一度は伏見稲荷大社に参拝をしなさい。」です!!
「ようお参り」と、稲荷大神様はいつでも参拝される皆様を優しく暖かく迎えて下さいます。
6. お稲荷さんの病気平癒
それでは最後に「お稲荷さんの病気平癒」についてお話させて戴きます。貞観(874年)京都で大変な疫病が流行し人々が大勢亡くなる事が有りました。その時、天皇は「お稲荷様」京都伏見稲荷大社に人々の病気平癒を願う所願しますとその疫病は忽(たちま)ち治まったと言う古書記述が有ります。
その後、貴族から庶民まで稲荷神に手を合わす事となり「お稲荷様に手を合わせれば病気平癒のご利益がある。」と広まるのです。稲荷詣でが大変に尊ばれる事となります。「お稲荷さんの病気平癒」では例えば「私はガンになりました。どうぞこのガンをなくして戴けますでしょうか?」と願えばその願いが叶うかと申しますとそれは私共には分かりませんと応えるしか有りません。
全て大神様の御心(みこころ)のままなのです。現代の言葉で「ミラクル」を起こすと言うのはそうそうあるモノでは有りません。しかし「ミラクル」はあるのです。大神様からその方々達の御霊(みたま)、御心を観(み)どう為されるか全ては大神様のみぞ知る事となります。
誠にありがとうございます。
7. お稲荷さんの祟りって?
祟りはお稲荷様に限らず、「怖い」し「とてもイヤです。」!ここでのお稲荷様の祟りのお話は豊臣秀吉がとても有名ですので私共の解釈を少々入れつつお話を進めて行きたいと思います。皆さまもご存じの太閤秀吉は五十四歳で天下人になられたお方です。
幼少の頃より母、仲(なか)様にお近く有りましたお稲荷様に連れて行かれ手を合わせる事が生活の一部でした。母のの願いは秀吉の出世です。秀吉、持ち前の社交性と心の気遣い等がどんどん出世道まっしぐらです。やがて秀吉様は天下人となり「誰も彼もが俺様の言う事をきけ。」と思い始めるのです。
人間というモノは権力が我が物になりますと傲慢(ごうまん)我儘(わがまま)、服従と自分に背くものに対しては容赦なく斬り捨てるという誠勝手な生き方をされてしまうのです。 特にこの当時の時代背景ではそうなのでしょう。
その結果、秀吉の娘、豪姫様がキツネに憑かれる憑依が発覚!!秀吉はその怒りの矛先をあろうことか、伏見稲荷大社に向けたのです。秀吉の怒りが中々鎮まる事が無いまま、今度は一番大事にして居りました母君、仲大政所(なかおおまんどころ)の具合が悪くなったのです。
秀吉も伏見稲荷大社の怒り所ではなく母君の具合が良くなるようにと権力の力を持って国中の医者を呼び寄せて、母君の容態が良くなるようにと努力をするのですが、、、。 母君の容態は一向に良くならず悪くなる一方でした。
天下を取った天下人、秀吉様でも母の痛み容態を良くする事が出来ない事に戸惑いと己自身の力の限界に気付いたのではないかと思います。そして最後に願い頼った所、そこは怒りの矛先を向けていました「伏見稲荷大社」だったのです。
秀吉が伏見稲荷大社に母、仲大政所の病気平癒を願う祈願書状を自ら書き送って居ります。現在、伏見稲荷大社にその直筆の祈願書状が保管、残されています。稲荷大神様はその願いをしっかりと受け止めてくださいました。母、仲大政所の容態はみるみる良くなり、秀吉様はそのお礼として伏見稲荷大社の楼門がご奉納されたのです。 この楼門、京都一の大きさだそうです。
この母君の祟り、娘、豪姫の憑依、とても怖く殺されていまうのではないかと思いますが、私共は豊臣秀吉の母君の件、娘様の件はドロドロした怖い祟りとしてでは捉えていません。祟りと古書等には書かれ記されていますが少々違うのではないかと思います。
その当時の秀吉様の目に余る行為、稲荷大神様は秀吉を大きな慈愛で観て居られ秀吉自身、己を見つめさせる為、一番の効果が秀吉の娘、豪姫。それでも気付かないようであれば母、仲大政所にその矢を向け秀吉に「秀吉よ、気付きなさい。真の天下人とは?」と包み込む慈愛の心で
秀吉をみられていたのではないかと思います。そして秀吉自身、母に対して何も出来ない自分の力の無さに不甲斐無い気持ちとなります。幼少より手を合わせていました「お稲荷様」そして「伏見稲荷大社」に素直に自分と言う者の力の無さ、「無知の知」を認め、母の為に稲荷大神様に素直な御心で手を合わせるように為られたのではないかと思います。
秀吉はその気持ちで自分自身、祈願書状を書き懇願される。大神様は「真の天下人とは」と素直な気持ちに組んで豪姫、母、仲大政所の病気を一掃し良くされたのではないかと思います。祟りという言葉で当て嵌(は)めるのは少々違うかも知れません。
では「祟りとは?」となりますが実際にあるのも確かです。「お稲荷様」を粗末に扱う、「お社」を勝手に壊す等、このような事が有りますと確かに身の回りや己自身に禍(わざわい)が来る事も有ります。しかしながら、正神界の神はよほどのことが無い限り「祟り」と言われるレベルの事はなさいません。
祟る前にその場、その方の元には「神様はお出ましになられなくなる」神坐にお帰りになってしまわれるのです。 なぜならば、正神界の神様は「清浄な処」にお鎮まりになられ、誠実な方を好まれるからです。何かしらの「気づき」により、その方が救われる道、校正の道に進むことが出来るレベルならば秀吉の様に何かのメッセージを送ってくださって、お救いくださるのです。
もしも、訳の分からないこと、だったり、今まで神様として祀っていた祠、社を自分の都合で取り壊したり、粗末にしたりして起こる災いだったとしたら、、、それは、正神界の神様が気付きを与えてくださったというよりも、邪霊、邪神だあったり、眷属神として修行中である見習い中の神の仕業であろうかと思います。
しかしながら、これは何も「お稲荷様」に限らずどの神様でも粗末にしたり勝手に壊して仕舞われたりする行為があれば例え「誰にも見られていない」と思われて居ましても神様は観て居られます。「因果応報」仏教の言葉にもありますように、悪い事をすれば必ずその報い、要するに「祟り」という言葉に近い事がその当事者に起きてきます。
そのような行為はしてはいけないのです。神様に対してだけではなく、私達が人として生かされている中で誠意をもって、誠実な心、崇敬の気持ちはとても大事な事だと思います。
お稲荷様のご眷属神さまって?
日本全国の稲荷神社に参られますと、まず気付くのが鳥居の右左にある神像ですね。通常、神社には狛犬の神像ですが、稲荷神社には「霊狐の神像」つまり「眷属神の神像」が並んでございますね。 これは、「動物の狐」ではありません。
そして、「動物の狐」=「お稲荷さん」=「狐さんの像」とか勘違いされる方も多いかと思いますが、そうではありません!!「霊狐」と申しまして、つまり神通力などの素晴らしい霊力をもった「お稲荷様の神の使い」の「御眷属さま」なのです。
ご眷属神様は、ご神域の入り口にいらして稲荷大神様がお鎮まりになっておられる聖域を守られておられるのです。この御眷属神さまのお仕事として、稲荷大神様をお守りされておられるとても大事なお役の他にも大事なお役を持っておられます。
それは、私たちが稲荷神社に参拝して様々な感謝、祈願などを申し上げたとき、稲荷大神様にお目通りを叶えて戴き、感謝、願い事をお伝えしてくださるのです。ご眷属神さまがいらっしゃらない、又は、お目通りが叶わなければ稲荷大神様には願い事はお聞き届けいただけない、という事なのです。
そう考えますと、ご眷属神さまの存在をしっかりと把握されて崇敬の心でご参拝されてくださいませ。この様に素晴らしい御力をお持ちの御眷属神様でありますが、あくまで、稲荷大神様のお使いです。「ご眷属様」は「稲荷神さま」とご同体の神でありません。その上で、稲荷大神様と分けつつも、敬意をもってご参拝、お祀りをされる様にしてください。
末廣大神様と命婦専女大神様について
さて、「御眷属神さま」と申しましても、様々な神位があられて、沢山のご眷属神さまがご存在しています。修行の年数、経験などにより様々にいらっしゃいます。ここでは、主たる御眷属神さまの「末廣大神さま」と「命婦専女大神さま」についてお話しさせて戴きます。
稲荷山の一ノ峰に御鎮座されて居られます「末廣大神(すえひろおおかみ)さま」は宇迦之御魂大神様の分霊(わけみたま)として祀られた神様で大神様とご同体とされて居ります。遠い昔には、「小薄(おすすき)」という名で呼ばれて居り、 天狐(てんこ)という神霊孤の霊格をお持ちで千年以上生きて修行を積まれ「千里の先の事も見通す」と言われる神通力を備えていらっしゃる素晴らしいご眷属神さまであられます。
また、命婦専女神(みょうぶとうめのおおかみ)様は、遠い昔は「阿古町(あこまち)」の名で末廣大神様の御妻にあたる霊孤です。別名、白狐(びゃっこ)様と呼ばれて庶民に親しまれているご眷属神様です。(お名前の由来等に付きましてはここでは割愛させて戴きます。)古くから稲荷山に巫女の守護神としてお祀りされて居り世を守り、物を利する願いを持ち稲荷大神様の眷属を代表するお立場です。
凶事を告げられた後に吉方に導く事をして戴けるとても霊格の高くお力があられるご眷属神様です。 大自然の神秘を感受する霊能は人間よりも遥かに鋭く敏感で在られます。私たちの為にとっても近くに寄り添い、私たちに代わって願望を神さまへ取り次いで下さる心優しく素晴らしいお力を備えたご眷属様なのです。
稲荷大神秘文「稲荷八霊、五狐の神」
髙野みどり、私共は日々、稲荷大神さまの神事におきまして「大祓詞祝詞」をはじめ、数々の祝詞を奏上させていただいております。その祝詞文の一つに「稲荷大神秘文(いなりおおかみひぶん)」が有ります。この祝詞には、「稲荷大神様のご神徳を称え、崇敬する信仰する事の大切さ、それと同時に大神様の使いである御眷属神(霊狐)の存在の意味、重要性など眷属信仰 に関しても組み込まれてれています。
また、日々、稲荷信仰をしていく事とは?どのように生きていったらよいのか?という事も書かれている、ありがたい祝詞です。まず、一番肝心な箇所としてあげられますのが、「稲荷の八霊 五狐(ごこう)の神(しん)」こちらは、ご説明すると奥が深い祝詞ですので、ここでは簡単にお話しさせて戴きます。
文中には、「天狐 地狐 空狐 赤狐 白狐 稲荷の八霊 五狐の神」とあります。読み方は「てんこ(う)、ちこ、くうこ、しゃっこ(う)、びゃっこ(う)いなりのはちれい ごこうのしん」
「五狐神」とは、「天 狐 空 狐 地 狐 赤 狐 白 狐」のことをいいます。衣・食・住を守る使命、霊力を稲荷大神様から戴いた眷属神・霊狐です。稲荷大神秘文の後半に出てくる「神狐の神(やこうのしん)」のことで、この五つの神々は稲荷の大神さまの御眷属神です。五狐神の神格の順番、種類など諸説あり、稲荷大神秘文の順序は、天狐 地狐 空狐 赤狐 白狐。その他の見解は天 狐 空 狐 地狐 赤狐 白 狐の順となっております。
また、「稲荷の八霊 」とは、「天狐、地狐、空狐、赤狐、白狐 野 狐 艶狐 風 狐」のことをいいます。稲荷の八霊=神狐の神(やこうのしん)、つまり、霊狐です。 順序、種類など諸説あり、修行により霊格の高低がありますが「稲荷の八霊」は全てが並外れた素晴らしい霊力を持ち、日本の自然界のみならず地球規模のあらゆる事象、そして人間の生活を加護するお役をしております。
けれども「稲荷の八霊」と書かれていますように、「天狐 地狐 空狐 赤狐 白狐」以外の「三つの霊」である霊狐の「野狐(やこ)」「風狐(ふうこ)」「艶狐(えんこ)」。この三つの霊こそが、ちょっと厄介な事を引き起こします「霊狐」なのです。
これら「霊狐」はとても自己顕示欲が強く「我を崇(あが)め奉(たてまつ)れ!」と言わんばかりの傲慢な霊狐たちが多いのです。これらの「霊孤」を信じ、崇め大切に祀っている時は良い事もたくさん起こります。私共、人々は「ワァ~、お稲荷さんのご利益だ!」と喜び手を合わせるのです、
先程も書きましたが「霊孤」の力は絶大! 現世利益抜群です。しかし霊格が低ければ低いほど修行の身です。性格は気まぐれで気分や自己顕示欲が強い性格。「お前らにご利益を上げたのだからその見返りをよこせ!」とその方々にその見返りをドンドンと要求してきます。
どのようなモノか?それはその時々により違います。その方々が応えられないような事をドンドンと要求してきます。それが叶わぬと「さァ~大変な事になります!」御商売をされて居ます方なら一気に御商売は傾き始めます。それだけで留まる事は有りません。家族の絆が崩れて行く事も有ります。まだまだ有ります。
その方の命をも取られて仕舞う事も有ります。これは私共、実際、ご依頼いただきました神事の中での体験で実際にある怖い話しなのです。このように「お稲荷さんの祟り」での勘違いとして、「お稲荷様だと思って祀っていた」
けれども、蓋を開けてみたら、全く違う邪神、邪霊、または、この三つの霊「霊孤」を祀っていたことによる「祟り」なのです。これらが禍(わざわい)祟りを起こす元凶のモノたちなのです。どうぞ皆様、神様をお祀りされる時には、稲荷大神様をはじめとするちゃんとした「正神界」の神さまをお祀りされて手を合わせて戴ければと思います。
先程もお話ししましたように、「正神界」の稲荷大神様はそのような事はなさりませんが、このような事態になってしまうのには、霊狐だけが悪い、とは言い切れないのです。祀りたいときだけ祀る、私利私欲の為、我欲丸出し。自分勝手にお願いだけしていて、いらなくなったらポイ!!
これでは、いかに低級なモノでなくても相手も怒ります。 同じ霊格、「おたがいさま」というしかありません。改めて我が身に起こったことの、そもそもの原因は、どこにあったのか。神様をお祀りするという事はどういうことなのか?神様を信仰するという事で大切な事とは何か?我が身を振り返り、見直してみることが大事かと思います。
ここで厄介な三つの「霊孤」が何故、正神界の眷属神の中に「霊孤」として一緒に祝詞に書かれ居るのか? その詳細な事に付きましては此処では割愛させて戴きます。その内容に付きましては、深いものとなります。神道セミナー、ブログ記事などで改めて記述をさせて戴きたいと存じます。